昔 、ある寺 に、和尚 さんと小僧 さんが住 んでおりました。
ある日 のことです。
和尚 さんの部屋 の中 から良 い香 りが漂 ってきましたので、小僧 さんが中 を覗 いて見 ると、和尚 さんが、何 やら焼 いているようです。
「和尚 様 、何 を焼 いていらっしゃるのですか。」
小僧 さんに見 つかってしまったので、和尚 さんはびっくりしましたが、落 ち着 いた声 で、こう言 いました。
「これはな、カミソリ と言 って、それはそれは危険 な生 き物 じゃ。危 ないので、私 が始末 している所 じゃ。」
でも、それは真赤 な嘘 でございました。和尚 さんは、こっそり鮎 と言 う、魚 を焼 いて食 べていたのでございます。
お寺 では生物 は食 べてはいけない決 まりですから、小僧 さんに隠 れて、一人 でこっそりと食 べていたのです。
それからしばらく経 ったある日 の事 です。和尚 さんが小僧 さんを呼 びました。
「おーい、馬 の用意 をしろ。出 かけるぞ。」
今日 は、檀家 に行 ってお経 をあげる日 なのです。
和尚 さんは馬 に乗 り、小僧 さんはその後 を歩 いて行 きました。
しばらく
歩 いて橋 の上 に差 し掛 かった時 のことです。
小僧 さんが、何気 なく川 の中 を見 ましたら、数多 くの鮎 が泳 いでおります。
「和尚様 大変 でございます。カミソリが泳 いでおります。」
「カミソリが、川 の中 を一杯 泳 いでおります。」
小僧 さんが大声 で叫 ぶものですから、道 を行 く人達 は何事 がおきたのかと、橋 のたもとに大勢 集 まってきて大騒 ぎになりました。
小僧 さんが変 な事 を言 うものですから、和尚 さんは大 弱 りです。
「お前 は余計 な事 をしゃべり過 ぎるぞ。これからは見 た事 は見 なかった事 にして黙 っていなさい。」と叱 りつけました。
しばらく歩 いておりますと風 が吹 いて、和尚 さんが被 っている頭巾 が風 に飛 ばされてしまいました。 いつもなら小僧 さんが直 ぐに拾 いに行 くのですが、今日 は、しらん振 りをしております。
「これ、小僧 。どうして拾 いに行 かないのだ。」
すると小僧 さんが答 えました。
「だって、和尚 様 が見 たものは、見 なかった事 にしろとおっしゃったではありませんか。ですから私 はお言 いつけの通 りにしているのでございます。」
「馬鹿者 、馬 から落 ちた物 は何 でも拾 うのが当 たり前 じゃろう。速 く頭巾 を拾 ってきなさい。」
小僧 さんは、とぼとぼと頭巾 を拾 いに道 を戻 り始 めました。
風 に飛 ばされてしまった和尚 さんの頭巾 はなかなか見 つける事 ができませんでしたが、やっとのことで探 しあてると急 いで拾 って馬 の所 に戻 りました。
頭巾 を拾 うのに苦労 をしましたので、これからは馬 から落 ちたものは、見逃 さないようにしようと、小僧 さんは心 に決 めました。
しばらくすると、馬 から何 かぼたぼたと落 ちてきました。
小僧 さんは、落 ちた物 を一 つも逃 さないようにしようと、必死 で和尚 さんの頭巾 の中 にそれを受 け取 りました。
馬 から落 ちた物 は、生暖 たかくてずっしりとした重 さがありました。
小僧 さんは、和尚 さんに頭巾 を返 しながら、こう言 いました。
「和尚 様 、頭巾 の他 にも馬 から落 ちたものがありましたが、全部 受 けとめましたから、ご安心 ください。」
和尚 さんが頭巾 の中 を覗 いて見 ると、頭巾 の中 には湯気 の立 っている馬糞 で溢 れておりました。
さすがの和尚 さんもそれを見 て、気 を失 ってしまいました。